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「ノモンハンの鉄の墓場」に強く惹かれた いくつかの章立てになっていて、日本国内から海外までいろんな地域をカバーした旅行記。とりわけ僕の心に残ったのは、「ノモンハンの鉄の墓場」。 「ついこの間」の戦争である「太平洋戦争」のきっかけとなった「満州事変」跡地を辿るものだが、この戦争が「ついこの間」だったことをありありと描いている。日本だとかの戦争は、ずいぶん昔のことであり日本は完全決別した遠い過去のような扱われ方をしているが、これが誤った認識なんだな、と改めて感じさせられる。
旅をする意味と意識の中の辺境とは。 村上春樹さんの本はほとんど読んだけど、久しぶりに手にとってみたのがこの本。やはり不思議な魅力がある。不思議な魅力、と言ってしまうのは簡単だけれどそれを人に伝えるのはすごく難しい。比喩を含めた様々な表現の仕方がツボにはまる、というところか。本書で言えばプラスして所々に挿入されている写真や絵が、実際旅に出ていない私を刺激し、あたかもその場でうどんを食べているような気分にさせてくれる。そういった意味では村上春樹アテンドの旅行番組のようだった。肩を張らず自然な雰囲気で旅を楽しめた。そういう意味で人を旅に出た気分にさせる村上さんはすごい、と思う。最後に彼自身も言っていたが、旅に出た事実、見たことをそのまま伝えるだけでは読者は満足しないし、楽しめない。そこに"村上春樹の視点"が入ることによって読者は楽しめるのだ。ここ何年かの間に海外旅行に行く人の数は減り続けているようだ。経済的な問題もあるかもしれないが、村上さんのおっしゃるとおり私たちは、数多の旅番組、旅雑誌、多くの写真やテレビ番組から"辺境"なんてモノは既にないと悟ってしまったのではないか。そして"疲れる"旅に買い物をしに行くくらいなら、どうせ世界は"知っている"ものなのだから近くのデパートや"疲れない"温泉でのんびりするのがスキなのだ、きっと。ただ私は本書を読み、やはり旅は出てみないとわからないことが多いし、自分の身の回りにだって、幼い頃から親しんでいる場所でさえ時間が過ぎれば辺境になりうるのだと思う。そしてそういった場所を訪ねることは決して退屈なことではない。
旅を忘れた大人たちへ 著者が本書を通じて、旅をすることは生きることそのものであることを私達に教えてくれます。危険で苦しいだけのメキシコの旅を通じてのみ体得できること。不潔で不毛なモンゴルの草原で見た戦場跡に感じたこと。そして故郷の神戸を再訪で分かる時の経過と共に失ったもの。村上春樹独特のユーモアを交えながらも、旅というものは突き詰めると、未知の世界に身を置き、発見や困難を乗り越えることを通じて自らの既成概念を壊すことが本質であるならば、突き詰めると生きることと本質的には同じであることが、実感できました。
つまり学生のように自由に旅に出る時間がないビジネスマンにとっても、日々仕事に没頭し、困難ぶつかり、それを乗り越えること自体が旅に通じるものである、ということも教えてくれる一冊です。
円熟の丸さ 村上の旅行記というと 「遠い太鼓」をまず挙げたい。欧州に住むということへの緊張感と 日本から離れたという開放感が混ざった作品だ。まだ村上も40歳前という「若さ」も感じられる。今でも時折読む。
一方 その後 村上はいくつかの旅行記を書くようになった。本作も その一つである。
読んでみた実感としては 村上がリラックスしている点だ。例えば四国のうどん巡りなどは読んでいて大笑いしてしまうのだが そのような「旅行」をする村上というのも 確実に年を取って「丸く」なってきたのだと思う。「遠い太鼓」に見られた 眼差しの鋭さはないが 逆に円熟味を思わせる「丸み」が 本作の徳である。
旅の新しい提案書 「秘境」がテレビや本であちこち紹介されるぐらい、 今の時代には物理的な辺境地などありえなくなっている。 じゃあもうこの世に秘境はなくなったかといえばそうではない。 自分の心に「旅」する気持ちがあれば、 日本だって辺境を感じられるような場所があるということを、 この本は示してくれている。
ノモンハンと讃岐うどん紀行が特におもしろかった。
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